部屋の片隅で、机と電話だけで始めた小さな商い。
「ウッドラック」という化成品の代理店から、私たちの歴史ははじまりました。
メーカーとユーザーの中間に立つ私たちの価値を、どう創造するのか。
その着眼点と実現の可能性を突き詰め続けた半世紀。
「メーカーの販売代理店」から「顧客の購買代理店」へ。
新たな挑戦の繰り返しの中で、いつも目に浮かんでいたのは
最後に届く、お客様の喜ぶ顔でした。
そうして生まれたMOWCALやバナースタンド、オーラパック、
広告や看板をつくるための資材や野菜の新鮮さを保つフィルム資材は、
日本中に確かな足跡を残しています。
信念を貫くために、立ち止まることや失敗することもありました。
けれど、大切にしてきたのは、企業の理念を大切にすること、本質からずれないこと。
可能性を突き詰め、知恵を絞り、
私たちの、お客様の満足のために挑戦する姿勢は、
「お客様の感動のために」へ。
そして、これからも「Wise×Passion」、
知恵と情熱で「その手があったか!」と言われる感動を創造し、
未来と今をつなぎ、関わるすべての人々を幸せにするために
行動する企業であり続けます。
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昭和45年
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名古屋市中区栄にて株式会社ベル春日井設立
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昭和46年
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ダウ化工株式会社(現:デュポン・スタイロ株式会社)「ウッドラック」の中部地区総代理店となり、ディスプレー用パネル・断熱材として販売開始。資本金を1,200万円に増資。
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昭和52年
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旭化成工業株式会社(現、旭化成株式会社)「OPSフィルム」の代理店となり、青果物を主体とした包装資材分野への進出を図る。
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昭和57年
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東洋紡績株式会社(現、東洋紡株式会社)のOPP防曇フィルム「F&Gフィルム」の代理店となり、青果物の鮮度保持包装分野へ本格的に進出し、包装資材事業の充実化を図る。
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昭和61年
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事業拡張に伴い、本社を昭和区壇渓通に移転。
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昭和62年
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アド事業部、ケミカル事業部の2事業部体制にする。
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平成元年
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資本金を2,100万円に増資。
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平成2年
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資本金を2,520万円に増資。
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平成9年
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札幌オフィス・福岡オフィス開設。
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平成10年
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東京オフィス開設。
本社を現在地(中区新栄)に移転。
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平成11年
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アパレル事業部を設立。
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平成12年
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上海連絡事務所を開設。
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平成13年
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資本金を4,900万円に増資。(名古屋投資育成株式会社への第三者割当増資による)
事業分社化に向け、中小企業総合事業団によるベンチャー総合支援センターの支援を受ける。
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平成14年
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中小企業総合事業団の経営革新(ビジネスアイデア支援モデル事業)の支援を受ける。
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平成16年
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大阪オフィス開設。
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平成17年
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4月1日 各事業部を法人化(会社分割)
アド事業部 → 株式会社ベルアドワイズ
ケミカル事業部 → 株式会社ベルグリーンワイズ
アパレル事業部 → 株式会社ベルファッションワイズ
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平成18年
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中国上海にベルグループ合弁会社「秀工房」設立。
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平成20年
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株式会社ベルアドワイズと旭トレーディング株式会社が合併。
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平成22年
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アパレル事業から撤退、株式会社ベルグリーンワイズと株式会社ベルファッションワイズが合併。株式会社ベル春日井が株式会社ベルマネジメントワイズに社名変更。
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平成23年
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株式会社アドマテリアル大阪を設立。
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平成27年
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株式会社ベルアドワイズと株式会社アドマテリアル大阪が合併。
ベルグリーンワイズの鮮度保持研究開発拠点「未来創造Lab」開設。
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令和2年
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花卉用包装資材の製造・販売をおこなう株式会社ファーストパックの全株式を譲受。
50周年を機に、グループの経営理念とロゴを刷新し次の50年へ向けてスタート。
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令和4年
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アウトドア商品の企画、販売及び輸出入業などを行う株式会社ファーストペンギンを設立。
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令和5年
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株式会社ベルグリーンワイズ 札幌オフィス開設。
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令和6年
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ベルグループとして更なる事業発展に向け、経営体制を刷新。
株式会社ベルマネジメントワイズが、株式会社ベルグループホールディングスに社名を変更。新たに事業会社として株式会社ベルマネジメントワイズを設立。
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令和6年
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通販サービス事業を行う株式会社Sakaseruの全株式を譲受。
ベルグループの関連団体として一般社団法人食品機能推進協会を設立。